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ちょっとドキドキ在宅医療 グループホーム~外山義さんの思い出~
2024-07-03
横須賀市にある衣笠で訪問診療を週1回行っている。訪問診療先にはグループホームも多い。訪問するとお年寄りたちがリビングに集まってテレビを見ている。「訪問診療に来ました」と声を掛けると、職員が入居者の一人を車いすに乗せて個室まで一緒に案内してくれる。個室には子供や孫やご本人の思い出の写真などが飾ってある。グループホームは9つの個室と中央のリビングからなるユニット型の設計だ。このユニット型の建築設計を発案したのが外山義(とやまただし)さんだ。
外山さんと私は30年も前、同じ職場で働いていたことがある。東京の新宿にあった国立医療・病院管理研究所で一緒だった。当時、新米の研究部長として赴任した私を助けてくれたのが外山さんだ。外山さんは建築家で、スウェーデンの留学から日本に帰国して、高齢者施設の研究を行っていた。外山さんのお父さんは牧師さんで、外山さんも敬虔なクリスチャンだった。外山さんと私は年が近かったこともあり、研究所ではよく一緒に意見を交わしたり、研究も一緒に行った。
そうした外山さんのライフワークがスウェーデンの高齢者施設から学んだ、ユニット型の建築だ。ユニット型の設計は、現在の日本のグループホームや特養に活かされている。この設計は、外山さんの以下の研究結果から提唱された。それは高齢者施設の大部屋のお年寄りを観察すると、大部屋ではお互いンプライバシーを気にして積極的に会話をすることがない。そして各自が自分のスペースに引きこもるようになる。とこころが個室化すると、共有のリビングスペースに入居者が集まり、相部屋よりも入居者のコミュニケーションが活発になる。
この研究結果が厚労省を動かし、現在のユニット型のグループホームや特養のユニット型の基準に繋がった。衣笠病院グループの特養である衣笠ホームも、2003年に移転新築したとき神奈川県初の「個室ユニット型」を導入したことで話題となった。しかしその時には外山さんはすでにこの世を去っていなかった。2002年になんと52歳の若さでお亡くなる。
ときどき衣笠ホームを訪れると、外山さんが生きていれば、この衣笠ホームのユニット型のホームを案内できたのにと思う。けれど衣笠ホームのユニット型の設計にはいまでも外山さんの目指した理念を感じることができる。建築家として、また敬虔なクリスチャンとしての外山さんの温かい眼差しを感じることができる。
在りし日の外山義さん
社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ理事 よこすか地域包括ケア推進センター長
1949年神奈川県川崎市生まれ。1974年新潟大学医学部卒業、1978年新潟大学大学院医科研究科修了後、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中1986年〜1988年まで当時の厚生省の留学制度でニューヨーク州立大学家庭医療学科留学。1988年厚生省関東信越地方医務局指導課長。1990年国立療養所村松病院副院長。1994年国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長。1995年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉総合研究所長・同大学大学院教授、2013年4月より国際医療福祉大学大学院教授(医療経営管理分野責任者)、2010年より国際医療福祉大学クリニックで外来診療にも携わる。
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著者
武藤正樹
社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ相談役
社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ理事 よこすか地域包括ケア推進センター長 1949年神奈川県川崎市生まれ。1974年新潟大学医社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ理事 よこすか地域包括ケア推進センター長 1949年神奈川県川崎市生まれ。1974年新潟大学医学部卒業、1978年新潟大学大学院医科研究科修了後、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中1986年〜1988年まで当時の厚生省の留学制度でニューヨーク州立大学家庭医療学科留学。1988年厚生省関東信越地方医務局指導課長。1990年国立療養所村松病院副院長。1994年国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長。1995年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉総合研究所長・同大学大学院教授、2013年4月より国際医療福祉大学大学院教授(医療経営管理分野責任者)、2010年より国際医療福祉大学クリニックで外来診療にも携わる。
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