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ドクターゴンのれんけあコラム 連載③ ~救命救急医としての誇り~
2021-05-15
平成元年に医学部を卒業して、すぐに目指したのは救命救急医だった。当時は流行りのドラマもマンガもまだ無く、不人気な部門だった。権威とされた癌や人気だった移植の分野と違い、臓器別の専門領域が無かったからだ。
しかし、当時の日本の社会はまだ若く、未来のある人々を不慮の死から救う事が最も重要だと私は考えた。幸い人よりも体力には自信があった。その年に開設され、需要と比べてマンパワーが圧倒的に不足していた東京新宿の救命救急センターは、野戦病院さながらだった。じっくりと下積みの研鑽をする余裕も無く、手術や集中治療の技術と経験を重ね、7年目には救命ICU医長になった。
そこでは、「決して諦めない」ことを信条とした。徹底した病態の分析と治療により、数年で救命できる患者は格段に増加した。しかし、それは植物状態や脳死、重篤な障害を抱えた患者を増やし、終末期の患者を延命することでもあった。

著者
泰川恵吾
医療法人鳥伝白川会理事長
平成元年杏林大学医学部卒業。同年東京女子医科大学第二外科入局。東京女子医大救命救急センターICU医長を経て、平成9年から宮古島で訪問診療開始、12年にドクターゴン診療所開設、平成22年に鎌倉診療所を開設。現在、医療法人鳥伝白川会理事長として、宮古島・神奈川の3箇所の診療所で離島僻地医療・在宅医療を展開している。
