トップ › コラム › ドクターゴンのれんけあコラム 連載① ~離島の医者になって23年~
ドクターゴンのれんけあコラム 連載① ~離島の医者になって23年~
2021-03-11
故郷宮古島で離島へき地の在宅医療を始めて23年が過ぎた。当時は、大学病院から離島へき地へ行くのも在宅医療を主として開業するのも、極めて異例な事だった。宮古島は高齢化が進んだ地域だったが、それでも18%程度だった。公共交通機関がほとんど無い広い島で、周辺小離島もカバーする在宅医療は、ニーズが多いに違いないと考え、住居と診療所は市内から離れた無医村に置いた。すぐに患者さんが押し寄せるに違いないという私の考えは、見事に外れた。
無医村や小離島の住民は、医者にかかる習慣が無かったのだ。病院に行くのは重症化してから。在宅医療は馴染みが無く、申し込みの電話も、最初の2週間は1本も掛かって来なかった。そのため、33歳だった私は、24歳の看護師と一緒にゲートボール場へ血圧を測りに行ったり、人口80人の島で家々を廻って健康相談をしたり、暇にまかせたボランティア活動ばかりしていた。
経営者としては冷や汗ものだったが、島の受け持ち患者150人を超える今となっては、懐かしい思い出である。

著者
泰川恵吾
医療法人鳥伝白川会理事長
平成元年杏林大学医学部卒業。同年東京女子医科大学第二外科入局。東京女子医大救命救急センターICU医長を経て、平成9年から宮古島で訪問診療開始、12年にドクターゴン診療所開設、平成22年に鎌倉診療所を開設。現在、医療法人鳥伝白川会理事長として、宮古島・神奈川の3箇所の診療所で離島僻地医療・在宅医療を展開している。
